私は小さい頃から旅行が好きだった。
高校生になると青春18きっぷや土・日きっぷ(かつてJR東日本が販売していた)で日本国内を旅行し、高校卒業後は海外も一人旅するようになった。
ネット上に公開された見知らぬ旅人の旅行記を読むこともそうだが、やはり沢木耕太郎の紀行小説「深夜特急」が私に大きな影響を与えた。
とはいえ、沢木耕太郎ほど多くの国を訪れなくとも私の旅欲は完全に満たされたので、欲が満たされる前と満たされた後の心境の変化を書き記したいと思う。
まず、行きたい国や都市が多かった頃は、旅をする人たちが羨ましくて仕方なかった。
例えば、ゴールデンウィークや年末年始に海外旅行に出かける人のニュースを観て歯ぎしりをするくらいだった。
「あぁ~羨ましい!もう海外行きたい!ロンドンやニューヨークとまで言わなくても、ソウルや上海のような近場でも、とにかく海外に行きたい!」
一方、今は何も思わないどころか、「これから13時間のフライトと慣れない土地での生活の大変さときたら...」と同情の念にも似た思いを抱く。
今や私にとってのファーストクラスは、近所でのマッサージ、スーパー銭湯、自宅のベッドである。
海外旅行のように興奮する体験がしたければ、映画や小説で代用できるどころか、そちらの方が刺激が強いこともままある。
(下に続く)
また、旅行欲が満たされていない時は、新幹線や飛行機の窓から見える景色を脳裏に焼き付けるレベルで見ていた。
しかし、今や寂しいことに新幹線に乗っている時も飛行機に乗っている時も無の境地である。
それどころか「早く着かないかなぁ、この座席の足元は本当に狭いなぁ」と考えてしまい、あれほど楽しみだった移動が苦になった。
今や自宅のベッドで寝ている時が最も幸福である。
そして、「今、行きたい国や都道府県はどこですか?」という質問に答えられなくなる。
行きたい場所は全て行っているので、本気で答えられない。
甲子園での高校野球が好きなので、「甲子園です(ボソッ)」という答えが精一杯なのである。
しかし、これは私にとっては嬉しい心理状態だ。
なぜなら、1人旅を始めた頃は「この調子だと永遠に旅への愛着が捨てきれず、莫大なお金を旅に費やしてしまうのではないか」と恐れていたほどだからだ。
その旅欲が完全に満たされ、近所を散歩している時に見える青空や夕日の美しさに気付いた時、私は初めて旅の終着駅に辿り着いたと感じたのだった。
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