カラオケで国歌しか歌わない男――この人物は、まさにカラオケ界に突如現れた異端児であり、同時に一種の尊厳を持ってその場に臨む。一般的なカラオケといえば、恋愛の歌や青春ソング、懐メロなどが選ばれ、笑いと涙が交錯する場面が多い。しかし、彼は違う。マイクを握るやいなや、響き渡るのは荘厳な国歌のメロディ。最初はその姿に驚くが、次第にその圧倒的な「真剣さ」に全員が静まり返る。

彼の登場はいつも同じだ。友人たちとカラオケに行くと、まずは雰囲気を壊さないように、他のメンバーに順番を譲る。バラード、ポップ、ロック、アニメソング――さまざまな曲が流れる中、彼はじっと座り、マイクが回ってくるのを待つ。その表情には、何か「準備」ができていることを感じさせる。彼の内に秘められた決意はすでに固く、「今日もやるぞ」という気合がにじみ出ている。

そして、彼にマイクが回ってくる。ここからが本番だ。「次は何を歌う？」と尋ねられると、彼は満を持して、カラオケの選曲リモコンを握りしめる。画面に入力されるのは、紛れもない国歌。その瞬間、周囲の空気がピリッと引き締まる。「え、また国歌？」と驚きの声が上がるが、彼は気にも留めない。

イントロが流れ始めると、彼の姿勢がピンと正される。立ち上がり、胸に手を当て、瞼を軽く閉じる。この瞬間、彼はカラオケルームではなく、まるで国の式典にいるかのような佇まいだ。彼にとって、これはただの歌ではなく「国への敬意」そのものなのだ。歌詞が流れ始め、彼はその一言一句を、まるで祈りを捧げるかのごとく丁寧に、かつ力強く歌い上げる。

彼の歌声は、普段のカラオケでは聞かれない重厚感に満ちている。音程が多少外れようが、リズムが少し遅れようが、そんなことはもはや問題ではない。重要なのは、その「魂」だ。彼が国歌を歌う時、その場はもはやカラオケルームではなく、特別な「神聖な場所」に変わる。誰もがその威厳に圧倒され、途中で口を挟むことさえはばかられる。

曲が終わり、彼がマイクを置くと、カラオケルームには一瞬の静寂が訪れる。友人たちは拍手をするべきかどうか迷い、感想を言おうにも適切な言葉が見つからない。しかし彼はそんな反応にも動じず、ただ静かに座り、次の曲が始まるのを待つ。もう一度「国歌を入れたい」とは口にしないが、次にマイクが回ってきたときには、再び同じ光景が繰り返されるのだ。

普通の人なら、カラオケで同じ曲ばかり歌うと「飽きるのでは？」と思うだろう。だが、彼にとって国歌はただの一曲ではない。それは「心の底から感じる誇り」や「責任感」の象徴なのだ。毎回、全く同じ情熱で歌い続けるその姿勢は、まさに「カラオケの王道」を極めた者と言えるだろう。

そして、彼のこの行動には、一つの隠れた効果がある。それは、カラオケに参加している他のメンバーが、「自分も国についてもっと考えよう」という気持ちになることだ。普段は軽い気持ちで歌っているメンバーたちも、彼の熱意に触れることで、一瞬だけでも国について真剣に考える機会を与えられる。つまり、彼のカラオケはただの娯楽ではなく、一種の「啓蒙活動」となっているのだ。

だが、彼が一度国歌を歌うと、その後の選曲はどうにもやりづらくなる。次にどんな曲を入れても、どうしても「軽い」感じになってしまうからだ。恋愛ソングやパーティーソングを入れようとしても、先ほどの荘厳な国歌の後では、なんだか空気が読めていない感じがしてしまう。だから、彼とカラオケに行くときは、ある種の「覚悟」が必要だ。国歌が流れた後の空気感を乗り切るためには、並々ならぬエネルギーが求められるのだ。

それでも、彼とカラオケに行く人たちは決して彼を避けない。むしろ、その独特のスタイルに惹かれ、彼とのカラオケを楽しんでいる。国歌しか歌わないという一見奇妙な行動も、彼のキャラクターとして受け入れられているのだ。みんなが国歌を聴いて、その場の空気がちょっとピリッと引き締まる瞬間。それこそが、彼とのカラオケの醍醐味なのだ。

結局のところ、彼はカラオケで何を歌おうが、自分のスタイルを貫き続ける。それが国歌であろうと、カラオケという娯楽の場で彼なりの楽しみ方を見つけたのだ。人それぞれ、楽しみ方は違う。そして彼は、自分の「誇り」を歌に乗せ、毎回新鮮な気持ちで国歌を歌い続けるのだ。彼こそが、カラオケの新しい「王道」を切り開いた存在であり、これからも国歌を歌い続けるだろう。

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