ある日、彼はその日常に少しの変化を加えるべく、意を決してDIYに挑戦することにした。
きっかけは些細なものだった。
テレビで見たインテリア番組で「自分の手で作る家こそ、本当の意味でのホームだ」という言葉に心を打たれたのだ。
それで、彼はついに重い腰を上げ、ドライバーとハンマーを手に取った。
しかし、彼はまだ知らなかった。
これから自分が「ホーム」を貫通することになるとは。
その日の朝、彼は「壁にちょっとした棚を付けてみよう」と思い立った。
棚を取り付けるのは初めてではないし、特に難しいことではないはずだ。
だが、この日は違った。
彼の目に映る壁は、いつもより硬そうで、どことなく挑戦的なオーラを放っていた。
だが、そんなことに怖気づく彼ではない。
工具を片手に、意気揚々と作業を開始した。
棚を取り付ける位置を定め、下準備を終え、いよいよ壁に穴を開ける段階へと進んだ。
彼は慎重にドリルを構え、スイッチを押した。
ゴゴゴゴゴ……壁に振動が伝わり、穴が開き始めた。
彼はこの音に手応えを感じ、思わずニヤリと笑った。
「完璧だ…!これで俺もDIYマスターの仲間入りだな」と胸を張りながら、さらに力を込めた。
しかし、そこで何かが起こった。
ドリルが、予想以上にスムーズに壁を貫いてしまったのだ。
まるで、そこに壁なんて存在しないかのように、ドリルは進んでいく。
彼は「えっ?」と思った次の瞬間、突然ドリルがスカッと空気を切る音を立てた。
穴の向こうには、何かが広がっていた…いや、何かが見えてしまったのだ。
「え…ちょっと待って。今、何が起きた?」
彼は混乱しながらドリルを引き抜くと、驚愕の光景が広がっていた。
壁を貫通した先には、自分の家ではない、見慣れない風景が広がっていたのだ。
目の前には、なんと隣の家のリビングが覗いていた。
彼の目と隣の家のソファに座っていた隣人の目が一瞬交差する。
両者とも、しばらくの間、何が起こったのか理解できずに、ただ見つめ合っていた。
隣人は、ポテトチップスを片手にテレビを見ていたが、今はそのチップスを宙に浮かせたまま、ぽかんと口を開けている。
「こ、これは…どういう状況だ?」彼は自分でも何が起こったのか説明がつかない。
何せ、普通のDIY作業をしていただけなのに、まさか隣の家まで穴を開けてしまうなんて。
まさに前代未聞の事態だ。
隣人がようやく口を開いた。
「あの…これ、あなたの手ですか?」
彼はドリルを持った手を見つめた。
確かに、間違いなく自分の手が今、隣人のリビングを覗いている。
そして、その手は依然として隣の空間に突き出している。
状況はシュールすぎて、どこから説明すればいいのか全くわからない。
「ご、ごめん!ちょっと棚を付けようとしてたんだけど…気が付いたら君の家に…貫通しちゃって…」
彼は必死に言い訳をするが、隣人の表情は微妙だ。
むしろ、彼が貫通してきたこと自体にあまり驚いていないようだ。
隣人はふと、チップスを再び口に運び、もぐもぐと食べ始めた。
そして、一言。
「まぁ、せっかくだから一緒にテレビでも見る?」
彼はその言葉に困惑しながらも、どうにもならない状況に頭を抱えつつ「そうだな…そうするか」と答えるしかなかった。
棚の設置どころではなく、今や彼は隣の家のリビングの一部になりつつあるのだ。
彼はドリルを放り出し、壁に開いた穴越しに隣人と一緒にテレビを観ることにした。
そう、まるで隣の家の住人と自分の家が一つになったかのような、不思議な時間が流れ始めたのだ。
この出来事は、後に近所中の噂になった。
「あの家の人、隣の家と壁を突き破って交流し始めたらしいよ!」と町の誰もが笑い話にした。
だが、彼は知っている。
これはただの事故ではない。
新しい形のコミュニケーションを生み出した、画期的な出来事だったのだ。
その後、彼は隣人と親しくなり、しばしばお互いの家に「穴越しに」顔を出して話すようになった。
修理されるべき穴はそのままにしておいた。
それは単なる壁の穴ではなく、二つの家庭を結ぶ新しい「ドア」として機能し始めたのだ。
こうして、彼はDIYに失敗したどころか、予期せぬ形で新たな交流の場を作り出すことに成功したのだ。
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