「一人旅が趣味の男、間違えてツアーに参加する」
主人公は、自他ともに認める「一人好き」の男。
彼はいつも単独行動を愛し、人混みや集団行動からはできるだけ遠ざかるように生きてきた。
趣味は一人旅。
彼にとって、旅の醍醐味とは「自分だけのペースで、自由気ままに進むこと」だ。
友人に誘われても、誰かと一緒に行動するなど到底考えられない。
それが彼の美学だった。
しかし、そんな彼にも「うっかり」というものは存在する。
いつものように、彼はネットで旅の計画を立てていた。
行き先は温泉街。
自然豊かで、人も少ないという噂のある山奥の温泉地だった。
数時間かけて緻密に計画を練り、宿も予約。
現地での食事や入浴の時間、さらには散策ルートまできっちり決めた。
まさに「自分だけのプラン」である。
しかし、最後に手違いが起きた。
宿の予約をした際、彼は「一人旅向けの宿泊プラン」を探していたが、操作ミスで「団体ツアー付きプラン」を選んでしまったのである。
そして、それに気づくのは、当日バスに乗り込んでからのことだった。
バスに乗った瞬間、彼の心には違和感が走った。
周りは明らかにツアー客の雰囲気で、カラフルな帽子や名札を首にかけた人々が、笑顔でバスガイドの話を聞いている。
「おかしい、これは違うぞ」と心の中で叫ぶ。
しかし、時すでに遅し。
バスは発車し、彼はまさかの団体ツアーに巻き込まれることとなった。
彼の心境はまさに「地獄の入り口」に立たされたようなものだ。
ツアーの初めは、皆で自己紹介。
「お名前とご趣味をどうぞ!」と言われ、彼は逃げることもできず「どうも……趣味は、一人旅です」と答えた。
ツアー客たちは、一瞬静まり返ったが、すぐに和やかな笑い声が起こった。
「一人旅が趣味なのに、団体ツアーに?」とツアーガイドも興味津々。
彼は赤面しながら、目をそらした。
そしてツアーは進行する。
観光地での記念撮影、全員揃ってのランチタイム。
どれも彼にとっては試練だった。
グループ行動が苦手な彼は、一人でふらっと行動したい気持ちを抑えつつ、ついていく。
しかし、彼が最大のストレスを感じたのは、温泉だ。
彼のプランでは、一人でゆったりと浸かり、静かな時間を楽しむはずだった。
しかし、現実は違った。
団体行動の一環として、全員で温泉に浸かる時間が決められていたのだ。
さらに、湯船では見知らぬおじさんたちが楽しそうに話しかけてくる。
「いい湯ですねぇ」「一人旅のコツを教えてくださいよ」など、次々に質問が飛んできた。
湯の熱さとは別に、彼の顔が真っ赤になる。
そんな中でも、彼はひとつの才能を発揮していた。
それは「適応能力」だ。
最初こそ嫌々だったが、次第に周りの人々と打ち解けていく自分に気づき始めた。
おじさんたちの話にも相槌を打ち、なんとなく笑顔で対応してしまう自分。
ランチタイムでは、他のツアー客と共に観光名物を食べ、談笑する姿すら見せ始めた。
あれほど一人旅を愛していた彼が、いつの間にか「団体行動の輪」に入ってしまっていたのだ。
さらに、ツアーのクライマックスとなる宴会では、彼は意外な才能を発揮する。
みんなが「カラオケ大会」に盛り上がる中、誰からともなく「一緒に歌いませんか?」と声がかかった。
普段は断るところだが、なぜかその時の彼は違った。
なぜなら、この瞬間には既に「ツアーの一員」としての自分を受け入れてしまっていたからだ。
彼は、意を決してマイクを握った。
そして、一曲を熱唱する。
これが驚くことに大盛り上がり。
「おぉ、めちゃくちゃ歌が上手い!」と拍手喝采。
彼は、まさかの「ツアーのムードメーカー」に昇格してしまったのだ。
その夜、彼は一人で部屋に戻り、静かに自分の行動を振り返った。
こんなはずじゃなかった。
自分は一人で温泉に浸かり、静寂の中で心を癒すはずだったのに、なぜか団体ツアーで「皆の人気者」になってしまった。
しかし、不思議と悪い気はしない。
彼はこう考えた。
「まあ、こんな旅も悪くないかもしれないな」と。
明日もツアーは続くが、彼の心はなぜか軽く、いつも以上にリラックスしていた。
一人好きだった彼が、思わぬ形で団体行動を楽しむことになったこの旅は、彼にとって忘れられない思い出となった。
そして、ツアーが終わった後も、彼は「たまにはみんなで旅行もいいかもな」と、密かに次のツアーを計画し始めているとかいないとか…。
これぞ、「一人旅の達人」が見せた新たな一面だった。
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