ある夜、煌々と輝くネオンの下、キャバクラの扉が開く。
そこに現れたのは、常連のオヤジ。
年の頃は50代半ば、スーツは若干くたびれているが、その姿にはどこか貫禄が漂っている。
彼が入ってくるだけで、店の雰囲気がガラリと変わる。
なぜなら、彼は「説教オヤジ」として、この店で有名だからだ。
オヤジが座るや否や、すぐに担当のキャバ嬢がやってくる。
彼女は、いつものように笑顔で「いらっしゃいませ!」と声をかける。
だが、その笑顔の裏には「またか…」という、わずかなため息が隠されていた。
「おう、元気か?」オヤジは、ドンと肘をテーブルに突き、威厳たっぷりに声をかける。
まだドリンクも頼んでいないのに、すでに説教モードに入る気配が濃厚だ。
「まぁ、まぁ元気ですよ。お客様こそ、どうですか?」と彼女は、慣れた調子で返す。
ここで適当にあしらうのが、彼女のプロとしての技術だ。
だが、オヤジはそれを察知するかのようにニヤリと笑う。
「なぁ、聞いてくれよ。若いってのはな、今だけなんだぞ。俺みたいなオッサンになると、時間の大切さが身に染みるんだ」オヤジはそう言って、まるで何か重大な秘密を語るかのように声を落とす。
彼女は、「またその話か」と心の中で思いながらも、表情には出さない。
「そうなんですか?お客様、時間を大切にしてるんですね」と、相手の気持ちを乗せるような返事をする。
「そうだ!時間は命だ!」と、オヤジは強調するように頷く。
「だから、無駄にしちゃいけないんだよ。特に女の子はな、若さが武器だ。お前たちはその武器を使って、しっかり人生を戦わなきゃならん!」
ここでオヤジの熱弁がスタート。
彼女は慣れた様子で「へぇー、なるほどー」と相槌を打ちつつ、心の中では次の飲み物を何にするかを考えている。
だが、オヤジはそんな彼女の心の動きには全く気づかない。
「お前、将来のことちゃんと考えてるか?適当に楽しんでばかりじゃ、後で後悔するぞ!」オヤジの声はさらに大きくなる。
オヤジはまるで、キャバクラが自分の教壇かのように錯覚しているようだ。
「そうですね、ちゃんと考えないといけませんね」と、彼女は適当に返す。
だが、その返事を聞いたオヤジは、「これは俺の教えが効いている!」と勘違いし、さらに調子に乗る。
「俺なんてな、若い頃は何も考えずに仕事ばかりしてた。結果、こんなオッサンになっちまったんだよ!」オヤジはそう言って、自分の腹をポンと叩く。
その仕草がどこか滑稽で、彼女は思わず笑いそうになるが、プロとしてそれを堪える。
「でも、お客様、今は成功してるじゃないですか!」と、彼女は適当におだてる。
これもまた、彼女のプロ技だ。
すると、オヤジの顔に一瞬、得意げな笑みが浮かぶ。
「まあな、今じゃそこそこやれてるが、苦労したんだよ、ホントに」オヤジはそう言って、ウイスキーのグラスを傾ける。
その仕草は、まるで自分が時代を切り開いてきた偉人であるかのような風格を漂わせる。
「俺が若い頃なんて、残業は当たり前、上司には怒鳴られっぱなしだった。それでも俺は歯を食いしばって頑張ったんだ。今の若い奴らには、その根性が足りないんだよ!」
ここで、オヤジの「今の若者批判」が始まる。
彼女は、またか…と心の中でため息をつきつつ、「そうなんですか。今の若い人たち、根性ないんですかね」と、適当に話を合わせる。
「そうだ!お前も気をつけろよ。男なんて、見た目やお金で寄ってくる奴が多いが、ちゃんと中身を見ろ!」オヤジは、まるで人生の達人のように語り続ける。
だが、オヤジの言葉にはどこかズレた感じが漂っているのは、誰もが気づいていることだ。
彼女は、「この人、本当に自分の人生が完璧だと思ってるのかな」と疑問に思いながらも、「そうですよね。中身が大事ですよね」と無難に返す。
「そうだとも!俺なんて、中身で勝負してきたんだからな!」と、オヤジはさらに自信満々に話を続ける。
しかし、彼女の目には、どこか自慢話に酔っているオッサンの姿が映る。
「でもな、俺が一番言いたいのは、何事もバランスが大事ってことだ。遊びすぎてもダメ、仕事ばっかりでもダメ。両方をうまくやるのが成功の秘訣だ」オヤジは、まるで自分がバランスの達人であるかのように語る。
彼女は、「本当にこの人、バランス取れてるのかな?」と思いながらも、「なるほど、バランスですね」と、またも適当に相槌を打つ。
ここまでで、オヤジの説教は一通り終わったかのように見える。
しかし、オヤジはまだ話し足りない様子だ。
グラスをもう一杯頼みながら、オヤジはこう言う。
「ところで、君はどうなんだ?将来の夢とか、やりたいこととかあるのか?」そう言って、またもや話題を彼女に振る。
彼女は、この質問を何度も聞かれていることを思い出し、少し笑いそうになる。
「そうですね…今はとにかく、毎日頑張ってます!」と、彼女は明るく答える。
これ以上深入りされないように、さりげなくかわす技術だ。
だが、オヤジはその答えに満足せず、「いやいや、そんな漠然とした話じゃなくて、もっと具体的な目標を持たなきゃダメだ!」と、さらに深く追及しようとする。
オヤジの説教魂は止まらない。
「やっぱりな、夢がなきゃ前に進めないんだよ!」と、オヤジは自信満々に言い放つ。
彼女は「夢はあるけど、あなたに言う必要はない」と心の中でつぶやきながらも、「そうですね、もっと考えてみます!」と返す。
その瞬間、オヤジは大きく頷き、「そうだ、それでいいんだ!お前ならできる!」と、まるで自分が彼女を育て上げたかのような顔をする。
そして、「俺の説教が役に立ったな」と、誇らしげに微笑む。
彼女は心の中で「またか…」と思いながらも、「はい、ありがとうございます!」と笑顔で応じる。
こうして、オヤジの長い説教は一旦終了する。
その夜、オヤジは満足げに店を後にした。
そして、店の扉を出た瞬間、オヤジはこうつぶやいた。
「やっぱり、俺って人生の先生だな…」
誰も聞いていないが、その自信は揺るがない。
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