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「ライト兄弟」(飛行機の発明者)の苦労伝/下積み時代

2019.03.10 Updated

主な登場人物
ウィルバー・ライト / Wilbur Wright (1867~1912 / アメリカ合衆国) 兄
オーヴィル・ライト / Orville Wright (1871~1948 / アメリカ合衆国) 弟


ライト兄弟は幼い頃から空を飛ぶ乗り物を作ることに憧れ、竹とんぼや凧(たこ)を改造して遊んでいた。

それは小さなおもちゃの製作だったが、彼らには空を飛ぶという大きな夢があった。

ある日、兄のウィルバーがアイスホッケーで大怪我をし、これが原因で学校を辞めることになった。

弟オーヴィルはお金を稼ぐために、学校へ通いながら友達のエドと共に印刷業を始める。

機械を触るのが好きなライト兄弟は自転車修理屋も開いた。

自転車の修理に追われる中においても空を飛ぶという夢を諦めきれない彼らは、スミソニアン協会(アメリカ合衆国の国立学術文化研究機関)に手紙を出し、最新の航空力学の資料を取り寄せ、空を飛ぶために必要な勉強をした。

彼らはまずグライダーを作った。

グライダー(滑空機)とは動力無しで空を飛ぶものであり、通常は高度の高い位置から徐々に高度を下げる飛行をする。

彼らが作ったグライダーは方向転換できずに空中に浮いているだけだった。

ライト兄弟は、自転車のチューブの箱を捻(ひね)っている時に翼の構造を閃(ひらめ)き、鳥の翼の動きも研究したことによってグライダーの方向転換と安定飛行が可能となった。

そして、足で翼を操縦できるグライダーを作り上げ、1900年にアメリカ合衆国のキティホークで、12回空を飛ぶことに成功する。

その後、空気の流れをつくる機械で翼に風を当てて、最も良い形の翼を探る実験をする。

その時は、実に200種類以上の翼を作り上げた。

飛行機の機体後方の垂直尾翼(vertical stabilizer)や前方の昇降舵(elevator)は、この時に取り付けられた。

そして最後に必要となったのが、飛行機を飛ばすための動力源だった。(下へ続く)


ライト兄弟は小型で軽いエンジンを作る会社を探したが、空を飛ぶためのエンジンを作ってくれる会社はなかった。

そこで、彼らは自分達で飛行機のエンジンを開発し、そのエンジンにプロペラを付け、『ライトフライヤ―号(Wright Flyer)』は完成を迎える。

1903年12月17日午前10時35分、アメリカ合衆国ノースカロライナ州キティホーク郊外で、ライトフライヤー号は、高さ約3メートル、距離約30メートル、時間にして12秒のフライトに成功した。

これは『世界で初めて、動力付きで、空気より重い機体が、パイロットが搭乗した状態で操縦され、継続的飛行を成し遂げた』(スミソニアン博物館展示品『ライトフライヤ―号』説明文訳)という記録として人類の歴史に刻まれた。

当時、周囲に「飛べるわけがない」と馬鹿にされ、自由な時間やお金も無い中で、独学で飛行技術を学び、多くの失敗にもめげずに努力し続けた彼らがいたから、今日私たちは大空を羽ばたくことができるのだろう。

スミソニアン博物館のライト兄弟特設展示室にはこのように記してある。

『ウィルバー・ライトとオーヴィル・ライトによる飛行機の発明はアメリカ史における偉大なる出来事の一つだ。彼らの発明が20世紀の世界に与えた影響は計り知れない。ライト兄弟は19世紀までとは全く違う世界を作り上げたのだ。』

"The invention of the airplane by Wilbur and Orville Wright is one of the great stories in American history. The influence of their invention on the 20th century is beyond measure. The Wrights' invention (...) fashioned a radically new world."


参考文献: たかはしまもる・水越保(2012)『コミック版世界の伝記 ライト兄弟』金田彦太郎監修, ポプラ社
現地調査: National Air and Space Museum of the Smithsonian Institution in Washington D.C., United States.



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