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人は何のために生きるのか

少なくとも20年ほど人間をやっていれば一度は「人は何のために生きるのか」と自問したことがあるはずだ。

「好きな人と一緒にいたいから」「夢を実現させるため」「趣味を楽しむため」といった"理想的"な理由もあれば、
「新薬を開発して人々から苦しみを取り除く」「天才プログラマになって世の中を便利にする」といった高尚な理由や、
「美味しいご飯やお酒さえあれば幸せだ」「阪神の応援が生きがいや」といった、幸せ者だなと感じるような理由もある。

生きる理由は人それぞれなので「人は何のために生きるのか」に対する答えは、その全てが尊重されるべきであるし、答えを持っていること自体が既に幸せなことである。

なぜなら、明確な答えを見つけることができず「死ぬのが怖いから生きている、というか半ば強制的に生かされている」という人も多く存在するからだ。

逆に言うと、人は生きる理由が見つからない時に「何のために生きるのか」という自問をし、この世界に対する疑念にも似た感情を抱くことが多い。

また、学校での勉強や部活、仕事の難易度が自分の手には負えないレベルだったり、経済的に困窮していたり、健康状態が悪かったり、人間関係で悩んでいたりする時にも「何のために生きるのか」と考えてしまうものである。

その時の実際の心の中はおそらく「こんなことを経験するために生まれてきたのかな」くらい悲壮感が漂う心境になっているはずである。

この悲壮感を無くし、人生という道を最後まで少しでも平穏に通り過ごせるようにするところに、このサイトの存在意義がある。

そのための答えはサイト内のあらゆる箇所に散りばめてある
が、このページの後半は「人は何のために生きるのか」と考え悩んでしまうことに対する具体的な解決策の例をいくつか提案したい。


1つ目は、現状の諸問題を解決する方法である。

この世界においては、こと努力することが賛美される傾向にあるが、当サイトにおいては「諦め」と「本心に従う」ことに重点を置いているため、解決策の例は次のようになる。

①学校や部活や仕事は背伸びして高いところを目指すのでなく、身の丈にあった場所を選ぶ。鶏口牛後を目指す。所属する組織が嫌なら辞める。自分が本当にやりたいことをやる。

②お金に困った時は経済的援助を求めたり、債務整理したり、生活保護を選択したり、とにかく周りに迷惑をかけてはいけないというプライドや気遣いを捨て、遠慮なく周囲に助けを求める。生活レベルを下げても感じられる小さな幸せを見つける。

③病気や怪我を受け入れる。手術が必要なら手術をする。以前できていたことができなくなったなら、新しいことを始める。

④人から好かれようとしない。嫌いな人がいる組織からは逃げてもいい。理想的な友達や恋人が見つからなくてもそれも縁だと考え一人で生きる強さを身に付ける。子育てや介護に疲れた時は周囲に積極的に助けを求める。

子供の頃は「なぜ生きるのか」などとは考えず、無心で毎日を生きていたはずである。

その頃の気持ちを取り戻すためには、まずは現状の諸問題を解決し、心に刺さっているトゲを一つ一つ取り除いていくことが大切だ。


2つ目は、人類史上最悪の絶望から生還した男の言葉である。

第2次世界大戦期にアウシュヴィッツ強制収容所の過酷な労働環境を生き延びたユダヤ人、ヴィクトール・フランクルは著書「夜と霧」の中で、こう書いている。

「生きていることにもうなんにも期待がもてない」こんな言葉にたいして、いったいどう応えたらいいのだろう。

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。

わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。

わたしたちはその問いに答えを迫られている。

考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。

生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。

絶望のレベルが人間の脳で処理できる限界を超えると、おそらくこのような発想の大逆転が起こるのではないだろうか。

フランクルの自伝「夜と霧」は世界的なベストセラーであり、絶望の淵に立たされた人間はどう生きるべきか、など多くのことを学べるため、ご一読されることをお薦めする。


3つ目は、哲学的アプローチである。

ここからがこのサイトのメインコンテンツとなるため、詳細は各ページに譲る。

人生の中で何度か発生する荒波を乗り越え、平穏なパラダイスに辿り着くための「助け舟」を何としてでも見つけ出したい。

そのために、古今東西の哲学、伝記、歴史、宗教、書物、映画など、あらゆる分野の研究を行い、各ページにまとめていく。

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